シンポジウム「地域文化としての映画」2

November 28, 2016

 

前回に引き続いての10/15 シンポジウムのまとめ&採録であります。

凪学芸員による中村上コレクション寄贈の顛末に続いて、今回は日本大学芸術学部非常勤講師で映画史研究者でおられる上田学氏の発言から参りましょう。

尚、コーディネーターと司会をお願いしたのは北九州市立大学文学部教授の真鍋昌賢氏です。

 

 

真鍋:

『 凪さんどうもありがとうございました。

中村さんと松永さん、似てるんじゃないかというお話しがありました。ちょっと面白いところだと思うんですね。

一つは非常に幅の広いコレクションだと。リンクする周辺の芸能なんかにも目を配っているというところ。

もう一つは実は中村さんも私設の資料館を作りたかったというお話ですね。つまりプライベートなコレクションが、松永さんのプライベートなコレクションに合流するという事によって、公的な、パブリックな意味を帯びてきているという流れなんだと思います。

 

 

現在でこそ大衆文化(ポピュラーカルチャ)の研究というのは、そんなに珍しくもなくなって来ましたし、国家的にそれがされるというところも当然出てきているんですけども、こうした半ば消耗品のビラとかポスター等を含めて、大衆文化の資料というのは、とにかくパブリックに集められる前の段階に集めていたコレクターの方々の熱意というか、仕事というのが非常に重要で、おそらくはこれから見直されてゆくんじゃないかという事があります。そういう意味でも非常にモデルケースになるような、コレクションの合流じゃないかと考えております。』

 

『さてそれではこれからですね、お招きした先生方からお話を伺ってみたいと思います。

次は映画史、特に興行史を中心としたお立場から上田学さんです。映画史研究における中村上コレクションの可能性」という事で上田さんの眼から、これは面白いなという資料のお話しなど伺えればと思います。』

 

 

上田:

『え~よろしくお願いします。上田学と申します。本日はお招きいただきましてありがとうございます。関係各位に御礼申し上げます。今回来てみて驚いたんですけども、こんなに多くの方がいらっしゃって、先ほどフイルムセンターの方とも、東京で催しても映画資料のシンポジウムでこんなに来るだろうか?なんて話しましたが、それだけ皆さん、松永文庫あるいは中村上コレクションに興味がお在りなんだと受け取りました。

 

 

で、私自身は「映画史」を研究している訳なんですが、すこし個人的な話から始めたいと思います。

 

私は京都で10年間学生を、その後東京で8年間仕事をしてましたが、これは今でも撮影所がありますし、実際の映画の歴史の中で多くの作品が作られた都市だったので多くの映画の研究者はその二つの都市に注目してしまう訳です。

ところが松永文庫を訪れて非常に驚いたのは、例えば横浜とか京都とか名古屋・神戸といった都市よりもずっと多くの映画館が、この北九州に存在していたという事に大変驚いたんです。

 

従来、映画の研究者というのは映画を製作する側、生成する側ですね、あるいは作品に注目してしまう。

しかし映画というのは作り手と作品だけでは成り立たない、実際映画を観る人、多くのファンが居てこそ成り立つ訳です。それをつなぐものが「興行」なのです。

 

この「興行」があって初めて作品は観客に受容される。

更に言えば「興行」によってヒットが生まれたり、観客はどういった作品のジャンルを、何を期待しているのか、H.R.ヤウス(注:独の文学者)が言う「期待の地平」などというのも「興行」は媒介してゆく。

そう考えていくと映画の歴史というのは、作品とか作り手だけではなくて受け手の問題も非常に重要だと。

その受け手と作り手をつなぐのが興行である。この様な見方が出来る訳です。』

 

『これは映画年鑑という資料の1953年(昭和28年)版で、当時の映画館の分布を示しています。どこに一番多くの映画館があったかと云うと、トップは北海道なんですね。

続いて東京、大阪、愛知の三大都市、その次が福岡な訳です。京都なんて19番目にしかすぎない。

つまり東京と京都の映画史では見えてこない他の多くの映画館、これを考える為に興行資料というのは非常に大事になってくる。作品や作り手が大事なのはもちろんですが、正に観客の側から映画史を見ていくためには東京・京都以外の地域の映画館の事も知らないといけない。』

 

 『さて時代を1930年代に戻します。30年代は日本映画の歴史の中で大きなインパクトのあった時代です。

どういう事かと云うとこの時代、映画に音が無く弁士や楽士が音を付けていたサイレントからトーキーへ、音が付くようになっていった時代なんですね。

 

この時代に映画館に大きな変化が訪れます。

 

今でも芸人さんって関東とか関西に固まってますよね。お金の稼げる芸人は東京や大阪で活躍する、なかなかローカルの方へ行かないという事があると思いますが、それはサイレントの映画の頃も同じで、腕の良い弁士・楽士はなかなか地方に行かなかった。

だから同じ映画を観ても地方では映画のクオリティが下がってしまう、そういう事もあって六大都市(東横名阪京神)などに映画館が集まってしまっていた。

 

それがトーキーへ移行する30年代を経て、都市部よりも地方の方に映画館が増加してゆきます。たとえば北海道などの映画館数の増加率は357%にもなりましたが、そういう中で福岡と云うのは大変興味深い地位を占めていたんですね。

 

つまり、もともとサイレントの頃から館数は多かった。しかし30年代を通じても福岡の映画館は増えていったんです。

こういう都市としての特徴と地方としての特徴の両方を備えた地域である、という事が出来ます。

 

いま福岡(県)と一言で云ってしまっていた内で、この地域(小倉・門司・八幡・若松・戸畑)の占める割合が県全体の約4分の1です。福岡(市)・大牟田といった地域に比べて、興行における福岡の特殊な事情というのは、主に現在の北九州市とその近隣地域に因るものと云える。ですから、この中村上コレクションをしらべていく事で、日本映画史の中で非常に重要な地である北九州の興行の歴史が見えてくる、という事が出来ます。』

 

 ○資料の内容に移りましょう。

では中村上コレクションは具体的にどういう風な意味のある資料なのか?

私や多くの研究者がコレクションを見に北九州までやってくる理由はどういったものか?

 

○例えばこれは戦時中の映画旬報、いまのキネマ旬報の「北九州市視察記」という記事ですが、ここに早くも中村上さんの名前が登場しています。

 

○聯合通信という、これはいわゆる業界紙。東京や名古屋などで発行されていたものは知られているんですが、これは福岡版として市内の住所が記載されていて、中央とは違った興行の動向を知る事の出来る資料として重要であると云えます。実際、それなりの年数の分が揃ってますので、今日来場の学生の方、卒業論文などに良いんじゃないでしょうか(笑)。

 

○これは社団法人映画配給社の九州支社宣伝課の連絡情報。戦前戦中は映画の配給は全てこの映画配給社が行いましたが、東京本社の資料はフィルムセンター等に一部が残されています。しかしその九州版があると。つまり中央と地方でちょっと違っていた映画統制の在り方、それを紐解く資料として非常に大事になってきます。

 

 ○ちょっと面白い資料を。

興行に関する資料と云うのは、表沙汰に出来ない性質のものが含まれます。ですからなかなか残り難いという事がある訳で、そういう意味でも中村上コレクションは貴重です。

 

これは「XXXXの経営に関わる朝日館・富士館・祇園東映・名画座・・・」と云う謎の冊子。何が書かれているかと云いますと、

このXXさん、行橋町長だった地元の名士で映画館を経営されていたようですが、

このXXさんが経営している映画館に対して偵察している記録なんですね。

宣伝の字体がどことどこの館が同じだとか、看板の絵師は誰だとか、冊子が組まれています。こういう物も普通は廃棄されていて当然なので大変興味深い。

 

○中村さんは人吉で人吉東映という映画館を経営されましたが、その進出にあたっての詳細なメモ書きが残っています。これポスターの裏に書かれてますね。地図、駅から市街地までの距離、どのような人たちが人吉に住んでいるのか、世帯の収入はどの位か、全部詳細に調査した上でこれなら採算が取れますよ、と調査している資料。

 

『こういった物は、皆さん云ってみれば単なるゴミだと思われるかもしれませんが、こういった物こそ残りにくい訳なんです。実際の観客の動向がわかる、私たち研究者が調べるよりも、興行師が自分の命を懸けて調べた成果ですから、それはかなり正確だと思います。

 

こういった物が含まれる、それが中村上コレクションです。国内で他に類例がないような極めて重要な意義のある資料群になっていると云えます。私からは以上です。』(拍手)

 

 

 眞鍋:

『ありがとうございました。映画の歴史をダイジェストで見るとなった時に、撮影所のあった東京とか京都とかがメインステージに見えてくるけれども、ちょうど日本が軍国主義にどんどん入ってゆく時代ですが、映画館はその波と並行して広がっていって、地方での需要が膨大に膨れ上がっていったという事ですね。

そういう地方における映画の事を考える際に福岡県って結構面白い場所であって、中でも北九州は映画館密集率として非常に目立つ地域であった。

つまりそういう時代を見ていく上で中村さんが残したものに格好の資料が含まれているんだ、というお話でした。』

 

『今の上田さんのお話も、映画の作品のお話というよりはそれにまつわる紙物の資料なんかの意義について、お話を頂いたかと思いますが、次は岡田さんから「ノンフィルムの時代~全国の映画資料保存状況と松永文庫の意義」という事で、アーカイブのトレンドと云いますか、現在の方向性を含めてお話しいただけると思います。

つい先日『映画という物体X』という著書を刊行されまして、こちらに松永文庫に関する文章も載せていただいております。それでは岡田さん、よろしくお願い致します』

 

・・・という訳で、次回フィルムセンター主任研究員 岡田秀則氏に続く。

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