シンポジウム「地域文化としての映画」3

November 28, 2016

 

大変多くのご参加をいただきましたシンポジウム、地味なテーマにも関わらず充実した内容となりました。

当日は多忙なパネリストの皆さんのこと、あわただしく打ち合わせや挨拶を交わされると、また次の催しへの移動やミーティングへと、お寛ぎいただく暇もありませんでした。せめて有意義だった当日の内容をブログに残せればと思います。

 

今回は東京国立近代美術館フィルムセンター主任研究員の岡田秀則氏のパートから。

題して「ノンフィルムの時代~全国の映画資料保存状況と松永文庫の意義」です。

 

 

岡田:

『岡田と申します。今日はお集まりいただきありがとうございます。

上田さんもおっしゃっていましたが、映画資料のイベントでこんなにたくさんの人がいらっしゃるとは驚くべきことです。もしフィルムセンターで同様のイベントをしても、こうはならないでしょう。北九州の、門司の皆さんの松永文庫に対する期待の程が分かります。一昨年、2014年の9月に中村上コレクションのお披露目が行われた時にお招きいただき、お祝いの言葉を述べた訳ですが、また今回こうした場にお招きくださったことに感謝いたします。

 

今日は、私の仕事と関わることになりますが、「アーカイブ」という視点からお話を差し上げます。まず、この演題にある「ノンフィルム」という言葉ですが、何かと思われる方もいるでしょう。

映画のアーカイブは何を集めるかと言えば、まずは「フィルム」、つまり映画そのものですね。それからもう一つ、映画フィルムのほかに、映画をめぐる様々な資料があり、そちらを「ノンフィルム」と呼ぶ訳です。これは映画のアーカイブ関係者の用語なんですけども、それが現在の日本でどうなっているのかというお話をいたします。

 

この写真は「全国映画資料館録2015」という冊子でして、私も関わるかたちでフィルムセンターが編纂したものです。全国にどんな映画資料館があるのか、「フィルム」の方ではなくて「ノンフィルム」、つまり資料の方を所蔵されている施設にアンケートをお願いし、その結果を編集しました。2010年に初めて刊行しまして、今回は第2版となります。これは非売品でお分けできる分はないのですが、松永文庫さんには差し上げておりますのでそちらで閲覧することができます。』

 

◯つまりフィルムアーカイブは何を守る場所なのか、ということ。

「フィルム」=映画そのもの、

そして「ノンフィルム」=フィルム以外の資料。

 

元々日本は欧米に比べ遅れてしまった国。(注:仏シネマテーク・フランセーズ開設は1936年。)

フィルムセンター開設は1970年、映画の保存と上映公開する今も唯一の国立機関。

広島市、京都府、川崎市、福岡市には1980年代から1990年代にかけて公の機関が発足、各地の関連映画作品の収集も行っている。

神戸には2008年に個人の映画コレクションをベースに公開する館が出来た。

フィルムアーカイブは「所蔵する事」が大事。「上映だけ」ではアーカイブと呼ばない。

ノンフィルムはどちらかといえば後回しにされてきた分野。

フィルムセンターも同じ、先ずはフィルムだったが、ようやく注力されてきた。

どちらも「保存する意識」が大切。

ノンフィルムは副次的とされ易いが新たな可能性。

 

◯コレクターの時代から資料館の時代へ

個々の収集家から社会が引き継ぐ大きな流れ

 

ここ10年ほどの全国的拡がり

松永文庫の設立はその中でも象徴的な出来事

 

◯ノンフィルム収集の重要な点 ⇒ 私たちの生活文化である。

映画そのものは観なくても日常の中で資料には触れている。広告物、報道記事、Web画像など。

 

匿名性の高い職人仕事。日本の映画ポスター ~ 有名作家の作も。アート的価値。

映画雑誌 ~ 20世紀メディアの歴史資料。

ムービーカメラ等、時代の最先端技術発達の結晶としての映像機材。

 

・・・・・・これらの全ては次代の映画製作者たちの教材となるもの。

 

○ノンフィルム・アーカイブの事業モデル (多様な文化資料アーカイブに共通)

①蒐集 ⇒ ②保存 ⇒ ③文献調査 ⇒ ④目録化 ⇒ ⑤公開 ⇒ ①へ戻る

 

『松永文庫の場合も、このサイクルをもとに常に公開活動をしており、そうして知名度が高まったことが、中村上コレクションの寄贈を受け入れる素地となったと思います。

 一般にはどこの機関も①⑤に偏りがちで、特に④目録化が重要なのに人材難で苦労されています。この点、松永文庫は健闘しており、特筆すべき作業スピードでカタログ化が行われていると聞いております』

 

○ノンフィルムのアーカイブは現在様々な形で増加する傾向。

総合的映画資料館……フィルムセンター、早稲田演劇博物館、松永文庫など

図書館……………………松竹大谷図書館、池田文庫など

近年増えている映画人の記念館……市川崑記念室、市川市文学ミュージアム(水木洋子資料)、伊丹十三記念館など

○さまざまな問題点も。資料散逸への対策、蒐集家の高齢化・世代交代、著作権問題など

『特に映画の著作権の問題は、映画自体の権利の保護期間が法的にもまだ曖昧な部分を残しています。ましてその周辺の部分(ノンフィルム)ともなれば、グレーゾーンのグレーゾーンというのが現状』

 ⇒ フェアー・ユース(公正な使用)が望まれる。

 

○先述した資料館録の編纂自体も、これまで全国のアーカイブの実態を把握できていなかった反省から。

今後は各施設のネットワーク、協力体制の形成が目標。

 

 

『北九州ではこんなに多くの方が参加されていてすごいと思いますが(笑)、まだまだ世間的には映画資料の価値が高く認識されているとは思えません。学術的、社会的な認知も必要ですし、それには他の文化・芸術分野との連携も大事でしょう。最近は特に、各地の文学館から展覧会への協力依頼などがフィルムセンターに寄せられています』

 

 ここで松永文庫さんのコレクションについて述べますと、先ほど総合的な資料館と申し上げた通り、蒐集資料の幅の広さ、たとえば雑誌なら大正期から戦前の物も加わって、ますます磨きがかかってきました。松永文庫の豊かな部分として、映画という枠を越えた芸能一般にまで目が行き届いている事で、俳優さんの仕事にしても、映画と演劇の両面から捉えられる強さを感じます。あとやはりここの特長は地元映画館プログラム、いわゆる週報(ウィークリィ)ですね。映画資料というものは各地の持つローカリズムともうまく合致します。北九州の各映画館の戦前からのものは、

東京でも絶対にまとまって出る事のない、ここにしかない貴重なものです。

 

そしてもう一つ、大きな意味を持つのが松永さんの新聞記事スクラップブックです。これは長年マメに続けないとできないことですが、できた時にはものすごい力を発揮します。新聞はリアルタイム性の強い資料ですので、それを後に整理された状態で見られるとなると、事典的な、網羅的な情報力を発揮します。インターネット以前、データベース以前の最強の映画資料になるかと思います。

 

『凪さんから、松永・中村両コレクションの性格が近いのではないかというお話がありましたが、どちらも個人の蒐集だからこその総合性を感じます。コンテクストの明確な資料館、例えば田中絹代の生れた地だから下関に記念館が、というのは自然な流れですが、松永さんの場合は個人で映画全体を見ているから、コレクションにも全体性が見られるわけです。例えばフィルムセンターは館のポリシーとしてアーカイブを形成しているので、コレクションもアーカイバルになってゆくのですが、ここでは個人が運営し、個人の目幅の広さで集めてきたものだから総合性がある、そこは強調しておきたいですね。だからこそ、映画文化の発信拠点となり得るわけです。

 

 上田さんの発表の中で、「映画がどう作られてきたか」だけではなくて映画の観客の歴史も大事ではないかという、まさに上田さんのご研究はそこなのですけれど、そういう観客の歴史は全国どこにでも、私たちの近くにある歴史なんですね。20世紀の郷土史を研究する時には大切な視点の一つになるだろうと思います。

また学術志向のアーカイブとしての可能性については、まさに今日のイベントはその皮切りとなるものでしょう。こうやって真鍋先生がコーディネーターとして開かれたこのシンポジウムは、これから映画や諸文化の学術研究を促進する足掛かりになったのではないかと思います。』

 

『最後に、ここは「門司港レトロ」地区ということですが、「レトロ」というのは過去の時代を顕彰する言葉です。その意味でアーカイブも確かにレトロ的なものでもありますけど、アーカイブにはさらにそれを超えた潜在力があり、新しい展開が見込まれると思います。』(拍手)

 

 

 

  真鍋:

『どうもありがとうございました。映画そのものもなんですが、映画文化の保存・記録というのもアーカイブの大事な仕事なんだとよく判りました。

その上でノンフィルム、つまりフィルム以外の資料という物が参照すべき貴重な資料になってくるんだという事ですね。

 

挙げていただいた「生活文化」というところ、松永さんのいう「映画は民間伝承」につながってくるんだと思います。

映画というのが、その時どういう風に世の中に存在していたのか、というのを考える時に、

ビラだとかポスターだとか、あるいは興行資料などが生き生きとわたしたちに語り始める。

われわれの視点の持ち方次第で資料が色んなことを語ってくれるんだろうな、というのに気付く事が出来るかどうかなんです。

 

デジタルに呑み込まれた時代においてはフィルム資料というのは無くなってしまうものなんですけども、

ああ成る程そうだなと思ったのは、20世紀のハイテクメディアの象徴として映画が在ったんだという事などにも気付いた次第でした。

 

次は視点を関門あるいは北九州地域におき直しまして、倉本昭さんにお話をいただきます。』

 

 

 

 

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